APAアワード2025写真作品部門 審査会レポート
審査の概要について
審査会は2024年10月31日、都内の会議室にて行われました。今年の総応募数は991作品・計3039枚。すべてを一堂に会して選考することができないため、事前にオンラインによる一次審査が行われました。審査会では、オンライン審査で2票以上の得票があった67作品が全てプリントされ、並べられた作品を審査委員がじかに見て審査を行うこととなります。
なお、オンライン審査での最高得点は4票とのこと。5票以上を集めた作品はありませんでした。APAアワード2024の受賞作品に8枚組が多かったためか、今年は例年に比べ8枚組の作品が目立ちました。当然ながら、審査の段階において応募者の氏名や所属等、一切の情報は伏せられています。審査委員は純粋に「写真そのもの」と対峙したうえで選考し、受賞作品が決定したのちに氏名等の情報が明かされます。
まずは審査委員一人につき5票が与えられ、67作品から約3分の1に作品を絞ります。この段階では作品数が多いためか審査委員同士の対話はあまりなく、まさに「厳正たる」といった雰囲気です。審査委員の動向を観察していると、1、2作品目は迷わず票を投じるものの、3票目4票目以降となると時間をかけて選ぶ審査委員が多い印象を受けました。
テーマ「愛と平和」の難しさについて
予備審査で票を獲得した55作品が本審査に進みました。本審査は、55作品に対してもう一度投票を行い、12作品を選出する審査です。この12作品のなかから、まずは「文部科学大臣賞」「東京都知事賞」「金丸重嶺賞」となる作品が選出されたのち、各賞の授賞作品が選ばれます。
ここからは投票方式ではなく、審査委員同士の対話をベースに選考が進みます。昨年のテーマ「記録と記憶」に比べ、本年のテーマ「愛と平和」は抽象的ですが誰しもがそれぞれに思い描くものがあるとも言えます。まずはこの単純なようでいて難解なテーマについて、5名の審査委員同士で意見交換が行われました。
飯沢耕太郎氏
「(愛と平和は)具体的なテーマではないので、良い作品があるのであれば、それを選べば良いと思う。かつ、ネガティブよりもポジティブに世界を捉えている作品を選びたい」
蜷川実花氏
(ウクライナ侵攻をはじめ近年の不穏な社会情勢をふまえたうえで)「10年前であれば、もっと遊びがあるテーマだったように思う。この時代にこのテーマを出されると、引き裂かれるような思いがある。テーマ性に沿ったものに重きを置くのか、それとも写真として生理的に惹かれるものを選ぶのか――このテーマはきついな、と」
審査委員が何をもって「愛と平和」に向き合い、作品を選ぶのか。それぞれの「愛と平和」の解釈を共有することで、今回の選考に際しての基準が一つの方向性にまとまりつつある、「うねり」のようなものを、審査委員はもちろん、会場にいる筆者を含むスタッフも肌で感じていたのではないかと思います。
審査委員の対話によって選考の「軸」がつくられていく
その後、議論は「応募者自身がテーマについてどれだけ思考し、対峙して取り組んだのか?」に及びます。大山氏からは、「テーマについてじっくり考えた人がどれくらいいたのか、甚だ疑問。(ここに並んだ作品は)テーマ(に沿った作品)と、(技術的に)良い写真とで引き裂かれている。現状から一歩引いて、普遍的に愛と平和を解釈する(ことが大切ではないか)。平和自体ではなく、戦争の欠如が平和であると考えると、何も考えなくてもいいことが平和だとしたら。」とコメント。応募者がテーマについてどのように考え、表現したのかを、審査委員が掬い取ることの大切さを呼びかけました。
「応募者は、安易に写真を撮り、安易に写真を選んでいないか?」――少なくない応募者にとって胸の痛い言葉ではないでしょうか。日頃撮り溜めている作品の中から、テーマとの関連性を見出し、時には追加撮影を行ったうえで応募に至る方が多数かもしれません。しかし、果たしてそれで「テーマと向き合った」と言えるのでしょうか?作品を選び、評価する側である審査委員たちも、心が引き裂かれる思いをもちながら挑んでいるのだ――その本音が吐露された瞬間であったと思います。
写真の審査とは、「複数の視点の対話」である
各受賞作品と審査委員賞が選出されたあと、各委員から総括コメントを発表し、審査会が終了しました。2時間超に及ぶ審査会に立ち会ったことで、「写真の審査は、自己と他者、複数の視点の対話によって生まれるもの」と感じました。応募者も審査委員も、当然ながら異なるバックグラウンドをもち、テーマの解釈もそれぞれです。であるからこそ、審査委員同士はおのおのの「愛と平和」観を言語化し合い、複数の視点を取り込んだうえで、作品に込められたメッセージを汲み取ります。この審査の過程はまさに「対話」です。ただ、審査会には「うねり」のような、場の空気があることも事実。しかし、審査委員が「本当にこの作品が写真として優れたものであるのか?」という自問自答を繰り返していることは、それぞれのコメントのなかから感じ取ることができました。月並みな物言いになってしまいますが、幾多の視点を行き来し、対話を重ねたなかで選ばれた作品は、あらゆる境界を超え、鑑賞者の心を揺さぶるのだと思います。
本レポートの締めくくりとして、審査委員それぞれが残したコメントを引用します。
飯沢耕太郎氏(審査委員長)
「“このテーマで、こういうものを見せたい”を設定するのが大事だと思います。今回は個人的な視点で選びました。個人によって尺度が違うテーマであるため、見る写真によって「ラブ&ピース」の尺度を調節しなければならなかった。今回は身近な「ラブ&ピース」が比較的多かったですね。」
蜷川実花氏
「写真らしい写真が上位に来たなという感じです。時代の空気、みたいなものが年によってあって、今年は静謐な感じというか、あまり浮足立った作品が少ない感じがしました。力がある作品が結果的に上位に入ったと思います。」
東良雅人氏
「対話しながら選ばれていくなか、絞られていくなかに見えてくるものがある。自分ひとりで見ていると気づかない視点も。(審査委員それぞれの)立場が違うからこそ、選ばれた作品は、誰もの心の中に生きていく作品なのだろうと思いました。」
大山顕氏
「(今年は2年目ですが、)2回以上審査委員を務めると、去年と今年とではまったく違うし、毎回が特別なんだとわかりました。興味のあるテーマだったので、平和論についての書籍を読んで勉強して挑みましたが、こんな機会でもなければそういう(勉強を)しなかったと思うので、審査委員も勉強が必要だと感じました。」
田中せり氏
「Web審査とは違い、リアルの場で選考すると、一つひとつの作品に対する滞在時間が長くなっているように感じました。何かひっかかりを感じるもの、さらに作者に聞きたい、と思うもの、という入口から作品を捉え、票を入れました。」)
文責:青山波瑠香(フリーライター)
写真:唐 亨(APA会員)